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愛がなんだを見て

以下ネタバレを含む、かも。 

 

 

 

 

 

本編は2つの片想いを描いた作品だった。

女→男のパターンと男→女のパターンそれぞれの。

そしてどちらの片想いとも叶わない運命にあった。

私がこの映画から受けた印象、「愛がなんだ」のニュアンスは、「愛がなんだ、私のことをそんなものでカテゴライズしてくれるな」という意地に近いイメージだった。

そして女→男と男→女の違いとして、その意地を意地と思わず貼り続けているのかそれとも、その意地に何かしらの後ろめたさを感じながらも貼り続けているのかの描き分けがされていたのだと感じた。

そのどちらも絶対に間違いではない。

 

個人の感想を言ってしまうと、私自身そこまで燃え上がる片想いの経験もなければ、モテないため片想われの経験もなく、共感が難しかった。

この物語は、単に恋が叶わない切なさだけを描いたものではなく、それでも恋してしまう愛してしまう、それを飛び越えた領域に突入してしまう、というある種狂気的に、それでいてゆらゆらメラメラと落ち着きながらエスカレートしていく感情の動きが表現されていた。

今となっては何がきっかけで好きになったのかすらもうわからないというのに、叶わないとわかっているのに、もう自分でも自分を止めることができないのだ。

 

劇中バツイチ女性のセリフに、若いときはそれが世界の全てだと思ってしまうけれど本当はそんな大したことではないのだ、といったふうなものがあった。

映画の中でそれに気づいたのが片想い男で、気づかなかったのが片想い女なのだろう。

 

一般的に男がどう、女がどう、という言い方をするのは適当ではないかもしれないが、とはいえやはり女性の方が男性よりも比較的感受性に富んでいる生き物だと思う。

ゆえに、この映画の内容についてカップルで熱く語るのはあまりオススメできないかもしれない。ケンカになるから。